メッセージの発信
(1)・高校演劇の作り方
著・ 横澤信夫
第1部. 今、なぜ演劇なのか
☆ はじめに ☆ 人間にとって『つくる』ということ ☆ 観客からみた演劇 ☆ 作る側からみた演劇 ☆ 演劇は人を変える、演劇は人を育てる ☆ 高校演劇の作り方に決まった手順はあるか ☆ 素晴らしい舞台ができるためには ☆ 参考図書 |
※「はじめに」 昨年(一九九六年)の十一月に「舞台からのメッセージ」というタイトルで、「高校演劇の舞台の見方」についてまとめ てみました。それは、観客のひとりとして舞台を見た場合、どんなところをどのように感じたか、自分の目で見たものを 確かめ、まとめてみようと思ったことと、ある脚本を基にして舞台を作る場合、出来上がったものが「観客からはどのよ うに見えるか」という視点が大切だと感じたからでした。 今回は、これまで私が係わってきたいろいろな学校での劇作りの過程を思い出しながら、「高校演劇の作り方」につ いて私なりにまとめようと思ったのですが、振り返ってみると決まった手順というものにしたがって作ってきたわけでは ありません。じっくり半年かけて舞台にのせたこともあれば、三週間で仕上げたこともありました。その学校としての 伝統的なやり方があったり、その時の演劇部員の感性によって、作り方も様々でした。 しかし、山登りと同じように、同じ頂上をめざすのであれぱ、コースや方法が異なっても「共通するなにか」を感じるので す。それがなにであるか確認しながら、舞台から観客ニ向かって「あるメッセージを発信する」場合のポイントを、自分なり にまとめようと思ったのです。今回は、技術的専門的なことは他の本にまかせることにして、高校演劇のある顧問から みた、「高校演劇を作る時の手順やポイント・考え方」を、私的に述ぺたものとして受け上めて下さい。なお、「舞台から のメッセージ」の内容と一部重複するところがあります。ご了承ください。 これからの演劇作りに、なにか役に立つ部分があるなら嬉しく思います。 ※「人間にとって『つくる』ということ」 人間がこの世に誕生して以来、様々なものを考え作り出し、それによってより快適な生活をするようになってきました。 そのことの善し悪しはさておいて、現在生きている個々にとって「ものを作る」ということはどのような意味があるのか考 えて見たいと思います。 私がまだ小字生だった頃、Y字形の木の枝を見つけてきて小刀で形を整え、ゴムを結んでパチンコなる小石を飛ぱす 道具を作ったり、板切れを削ってスクリューをつけて舟を走らせたりしたものです。ものの少ない当時と比べ今は遊ぷ道 具が沢山あり、昔のような遊ぴをする子供たちは見かけなくなりました。昔の方が良かったなどと言うつもりはありませ んが、自分の手を使い、工夫しながら目分だけのものを作るということは、個々の人間にとってなんらかの意味のある行 為だと思うのです。 「不器用な生徒にものづくりの感動を」というタイトルで、中学校の技術科の教師の話が新聞に載っていました。「靴ひ もをうまく結べない、ぞうきんを絞れない、ナイフで鉛筆を削れない、針に糸を通せない・・・・子どもたちの手が不器用 になっていることに、まず気づいたのは中学校の技術科の教師たちだという。(途中略〉ものをつくることは、手先をしな やかにするだけではなく、頭を鍛え、先を見通す力を養うことにもつながります」(平成九年二月二十四日、朝日新聞家 庭欄)。 自らが活動する、文学、書道、美術、音楽、演劇、写真、その他様々な文化活動は、「ものをつくりだす」ことを通して、 自分をみつめ高める作業だと恩います。うまくできない自分と向き合い、工夫し考えながらしだいに形あるものへと変わ っていく喜びを感じ、完成したときの充実感を仲間とともに分かち合い、それが自信となって自分に返ってくる。このよう な経験は、その個人にとってなににも代えがだいものになると思うのです。 もちろんその過程には、迷いや挫折や疑問、対立や自信喪失といういうものを経験することもあるでしょう。しかし、共 通の目的である「ものをつくる」という行動を通して、他との係わりのなかでいろいろなことを体験しながら「自分をみつめ 発見し改革しながら、新しい自分に脱皮する」という活動はとても意義のあることではないでしょうか。 ※「観客からみた演劇」 芸術文化活動といわれるものは、受け手である観客・読者・視聴者に情報やメッセ‐ジを伝えます。小説や舞台や絵画 や写真などの作品に触れることによって、いろいろなことを考えたり感じたり知ることができるのです。高校生が作る舞台 にも、同じようなことがいえると思います。今、自分たちが感じている様々なことについて、自分たちのメッセ‐ジを観客に ぶつけ、問いかけ、主張する。そのような観点から「演劇は社会に対する働きかけをする有効な手段のひとつである」とい う人もいます。 しかし、そのような考えに対して、「ひとつひとつの作品や舞台にそんな力があるのか」という素朴な疑問も湧いてきま す。たいした動機もなく集まった演劇部員で、なんとなく作った舞台にどれ程の力があるのかと本気で考え込んだ時期が ありました。そのことについての明確な答は見つかっていませんが、自分の記憶をたどってみると、ずっと以前私が休験 した様々なことが心のどこかにひっかかっていることに気づくのです。 小さい頃に聞いたお話に出てくる、「ひげぼうぼうの髪もじゃもじゃの大男」という表現が、ストーリはもう忘れたのにま だ記憶しているのです。そして、その言葉を思い出すたぴに、その時一緒に見た記録映画のある部分も記憶の底から 甦ってくるのです。また、中学校のとき読書感想文を書いた「高瀬舟」や、映画や演劇の舞台で鮮明に覚えているものな ど、自分の心のどこかに残っているものが沢山あります。チゴイネルワイゼンやハレルヤコ‐ラスに感動したり、ロシヤ民 謡を仲間と歌ったことも思い出します。それらの様々なことが、今の自分を支えてくれている「なにか」になっているのだと 気づいたのです。 今食ぺている食事が自分の体の中に入り、どの部分でどのような効果を表しているのかわからなくても、バランスのよ い食事をしていれば、身体の内側から健康を維持し成長を支えてくれるのと同じように、芸術や文化というものは、人間 の心を豊かにし、ものごとを考える支えとして、自分のどこかに生きているのではないでしょうか。 今上演した舞台のなにかが、観客の心のどこかにひっかかってくれたなら、上演する側にとってこれほど嬉しいことはな いでしょう。 ※「作る側からみた演劇」 ※「演劇は人を変える、演劇は人を育てる」 自分たちで作った舞台を、観客に見てもらうということも大切なことですが、自分さがしの時期といわれる高校三年間に 「ものを作る」という体験をすることが、さらに大切なことだと思っています。作品の善し悪しにかかわらず、他人がどのよう な評価をしようと、自分にとっては「自分の手で作り上げた自分の作品」として十分意義があるわけです。 そのような意味では、音楽・文芸・絵画・写真などなんでもいいわけですが、演劇には、他の分野にはない特性があり ます。それは、演劇は総合芸術といわれるように、どんな生徒にも活動する場面が準備されているのです。話したり動い たりする身体表現が苦手でも、音響や装置や衣装など、どこかに自分を生かす場面があるのです。その部分から演劇と いう世界に入り、他の分野との係わりを通して理解を深め、新しい自分を発見することができると私は思っています。 「私は絶対キャストにはならない」と最初言っていた生徒がキャストの魅力に取り憑かれたり、「音楽はわからない」と 言っていた生徒が「そこの曲、あわないんじゃない」と感想をいう姿を数多く見てきました。 また、演劇には「いろいろな分野に分かれながらも、、集団で一つの作品を作らなけれぱならない」という特性がありま す。そこには、個人的な活動と違って、他と協調することを覚えなけれぱならないのです。自分の感性や考えを大事にし ながら、他人のことばにも耳を傾け、脚本を客観的に読みながらも主観を大切にするという、様々なことを体験するのです 一本の作品を上演することで、世の中を見る目を持ち、自分をみつめ、他人との係わりの中で悪戦苦聞しながら挫折し、 そこからはい上がって自分を取り戻して自信へとつなげていく。そのような、劇を作る過程そのものが演劇的でさえあるよ うに感じます。 このように見ると、演劇を作る側の高校生にとっては、「演劇を作ること」そのものに大切な意味があると私は感じていま す。そのようなことから、私は、「演劇は人を変える、演劇は人を育てる」と言うことがあります。人間は、理屈よりも体験す ることによって学び、成長することが多いと思うのです。演劇を通して大きく成長する生徒の姿を見ていることが楽しかった から、私はこれまで高校演劇を続けてこれたのだと恩っています。 ※「高校演劇の作り方に決まった手順はあるか」 演劇の作り方に「決まった手順」があるのかといえぱ、私は「ない」と答えます。ですから、その演劇部としての手順があ っていいわけですし、その内容も「こうしなければならない」というものも特に決まっていないと思います。 プロの劇団のなかには、テ‐マと状況だけを決めてエチュ‐ドを繰り返すなかで、脚本を形作りながら練習していくところも あるくらいですから、「この方法でなけれぱならない」というものはないわけです。 しかし、高校に入学して初めて演劇部の顧問になったという教師にとっては、どういう手順でどのようなことに留意して劇 作りをしたならよいかわからない場合もあると思います。自分が経験したことのない新しいことに取り組むということは不安 なんですよね。 私が三十数年高校演劇に係わり、いろいろな高校で沢山の演劇部員と劇作りをしているうちに、自分なりの手順ができ てきたように思います。その手順は、全て反省から生まれたものかもしれません。練習中一度も「通し練習」することがで きずに、本番ではじめて通して上演したとか、暗転におもいがけず時間がかかったとか、予定された小道具が舞台になか った、というような失敗が沢山ありました。また、最後の講評でいろいろ話される内容についても反省することが沢山あり ました。そのような経験から、次はこういうことに注意しよう、こういうことも考えた劇作りをやろうというものができてきたよ うに思います。 毎年六月に行われる岩手県高校演劇講習会の演出分科会では、毎回同じような質問が出ます。特に、演出を初めて 担当することになった生徒にとってはこれから始まる劇作りについて、なんらかの不安があるのだと思います。そこで「演 劇を作る手順に決まったものはない」とは思いますが、なにに気をつけながら、どのようなことを考えて練習を進めるとい いか、私なりに考えている一つの例として、講習会で話している内容を含めてまとめてみようと思いました。 十年程前に私が書いた『私の海は黄金色』という脚本をもとに、当時この劇を上演した一関第二高校演劇部の資料を参 考にしながら、部分的に創作を加えて、現在の私が感じている「高校演劇を作るポイント」を述ぺてみたいと思います。な お、脚本の創作については、まだいつか機会があればということで、今回は省略します。 ※「素晴らしい舞台ができるためには」 絵を描いたり、文章をまとめたりするような場合、対象となるものを「よく見る」ことが重要であることはいうまでもありませ ん。しかも「よく見る」というのは、自分の肉眼で見ることを通して、実際には見えない「裏」や「真実」というものを感じとるこ とが大切なのです。例えぱ、山を見て「美しい」と感じたとします。自分が「美しい」と思うだけならそれでいいのですが、そ れを絵や写真や文章で表現してだれかに見てもらう場合、「美しい」ということをもっとよく掘り下げて、その源をはっきりさせ それをしっかり伝えるよう作品に盛りこむことが必要だと思っているからです。 あるピアニストが「楽譜は、そこにあるだけではただの紙きれにすぎない。それをピアノで弾くことによって音楽になり、聞 いてもらうことによって芸術になる」と言っていました。ピアノの鍵盤をなんとなく叩いても音楽にならないのです。楽譜どお りに弾いても、他人に聞いてもらえるだけの「作品」にまで高めないと、自己満足の領域で終わってしまいます。演劇の場 合も「セリフを話しながら、それなりの動作をつけれぱ劇になる」わけではありません。 高校演劇の舞台を作る場合も、脚本のねらいや登場人物のキャラクター、そして各場面の味付けなどをよくくみとり、作者 のメッセ‐ジに「自分たちのおもい」を加えて、それをどのような舞台として観客にぷつけるかを考え、「作品」にまで高めて ほしいのです。演劇には「これで完成」というものはありません。出来上がった舞台が「観客にどのように見えるのか」とい 視点を常に考えながらよりよい舞台をめざしてください。 「ものを作り、育てる」ということは、人間にとって「生きる」ということと深い係わりがあるように思います。複数の仲間とひ とつの舞台を作るとき、感性や考え方の違いにとまどいながらも、それまでの自分になかった新しいものを発見する喜ぴや しだいに形が見えてくる舞台にワクワクする体験をとおして、新しい自分に成長していくのではないでしょうか。 演劇の作り方には、その高校なりの考え方や方法があるわけですから、どの方怯が一番良いというものはないと思いま す。しかし、いろいろなやり方を知ることによって、自分たちの学校でやっていないことや、なぜそのようなことを取り入れる のかというような理論がわかったとき、自分たちがやっていることを確認したり見直したりすることができると思います。した がって、これから私が述べるとおりにすれば、素晴らしい舞台ができるというわけではありませんが、「そういう考え方があ ったのか」とか「そういうやり方もあったのか」というように読んでいただければ嬉しく思います。 そして、よりよい舞台を目指して「ものを作る」という苦しさと楽しさを部員みんなで共有し、心の財産をもってほしいと思い ます。すばらしい舞台を目指すことによって、素晴らしい経験が目分のものになっていくと思います。 ※「参考図書」 私の手元にある資料から、演劇全般に関する参考図書を紹介します。 (値段は変わっていると思われます) ☆明治書院[東京都千代用区神田綿町1-16] 03-292-3741 高校演劇ハンドブック 阿坂卯郎、榊原政常 豊博秋 ¥320 高校演劇の作り方 東京都高等学校演劇研究会 ¥980 ☆青雲書房 [東京都文京区大塚3-20-4] 03-944-6002 劇つくりハンドブック 新芸術研究会編 ¥450 演出のすすめ方 ・・確かな劇創りに・・ 野田雄司著 ¥1200 ☆晩成書房 [東京都千代田区猿楽町] 03-293-8348 楽しい劇づくり入門「ドラマスクール」 劇団うりんこ編 ¥1300 その他の参考図書は、次のペ‐ジに載せてあります。 基礎関係図書 「第二部 劇作りをスタートさせるために」の中の「一.演劇の基礎練習について」 脚本集 「第二部 劇作りをスタートさせるために」の中の「ニ. 脚本の選び方」 スタッフ関係図書 「第四部 劇作りのポイント・・・舞台監督・スタッフ編」の中の「一舞台監督の仕事・スタッフの仕事」 第一部 完 |