あじさい通り 

☆2001/3/25    

『豊かさとは何か 内容紹介
       暉峻淑子 著・岩波新書 
700円 
            1989年第1刷
豊かさへの道を踏みまちがえた日本

 『もともと経済活動は、人間を飢えや病苦や長時間労働から解放するためのもの
であった。経済が発展すればするほど、ゆとりある福祉社会が実現されるはずの
ものであった。』
 ところが、今、日本では、『経済価値に無縁な老人や身体障害者や精神障害者のために働く人への社会的評価は、きわめて低い。福祉事務所で、保護を必要とする人たちのために親身になって働く職員よりも、生活保護を申請する困窮者を水ぎわ作戦として追い払う職員の方が有能とされる。』
 日本は、豊かさへの道を踏みまちがえたのだ。今、日本では、
 
◎ 冨は人間を幸せにせず、かえって国民の生活を圧迫し、追い立てている。
 
◎ 子どもたちは偏差値で選別され、効率社会の大人たちに管理され、自己決定権を奪われている。
 
◎ 冨は分配されず、福祉の保護を願い出る者は、辱められる。
 
◎ 民主政治はカネの力の前に身売りされつつある
 
◎ 自然は破壊され汚染され、人々はエネルギーの乱費におし流されている。

 こういう社会は、どう考えても、貧しい社会でしかない。豊かさと、モノやカネがあふれていることとは、別のことなのだということに、もう気付くへき時だ。

筆者は、日本が世界一の金持ちと言われたバブル期に、日本はとて

つもなく貧しい国だと、いかに国民が不安な日々を送っているかと、

具体的に説得力ある論を展開した。今、その論は、とても現実的なも

のに見え、私達の進むべき本来の道を指し示しているように見える。

本来の豊かさとは                                  
 豊かさとは、創造的で自由な生き方ができることであり、それを最大限に可能に
する政治、社会である。

○豊かな社会の子ども達は自由時間がふんだんにあり、その時間を使って、ゆたかな自分の体験を持つ。

豊かな社会では、知識の量よりも、考え方を重視する。

○豊かな社会では、反原発、反核、環境保護、人種差別反対 等の、社会正義を求める集会の主役は若者である。

○豊かな社会では老人や子どもが毎日の生活の中で楽しめる距離に、森や公園や湖が配置されている。

○豊かな社会に寝たきり老人はいない。老後は保障されているから、安心して生きていける。

○豊かな社会では、人間らしい生活が送れるような住宅保障がなされている。住宅が人間の生活を幸福にするかどうかの決め手であることが理解されている。

○豊かな社会の豊かさは、生活基盤の充実によって保障されている。政府により、永続的な、優先的な生活基盤・社会保障への資本の投下がなされている。

社会保障と社会資本の充実こそは、豊かさにとって不可欠のものである。それは人々に安堵感を与え、平等に向かって道を拓き、限りない競争から人々を解放する。

○万人を敵とする競争社会では、自助自立、自由、ゆとり、助け合う心などは、出て来にくい。そのような社会の活力は、追いたてられる活力である。豊かさは生まれない。

○豊かな社会では、ゆとりを持った創造的活力を発揮することが可能になる。そしてまた、地域社会での連帯や人権、自然環境も含めて豊かさの重要な要素である。

豊かさは、それぞれの個人の生き方の問題であると同時に、社会や政治の問題と切り離せない。
貧しさ・・・その1

日本では、昔から、労働を、生活を豊かにするためのものとは考えず、労働者の安全や健康を後回しにして機械化や合理化、効率化を優先してきた。

働き蜂で余暇を持たず、所得は節約して貯蓄に回し、自己責任で人生のすべてに対処する、という基本原理は、明治から今日まで、政財界によて磨き上げられてきた社会思潮である。そしてこの貯蓄は何につかわれてきたか。

 ・・・・・・この膨大なオカネをもしも社会保障制度の確立に使ったならば、日本は福祉社会として見事に立国していたろう。国民から巻き上げたそのカネは何につかわれていたか、とこれは筆者というより、私(こやま)の怒りです。
貧しさ・・・・その2 女たちの豊かさ

もし、日本の豊かさが、妊娠、出産、育児、家族の団らん、老親の介護、地域社会の人間関係、人間としての文化的欲求、人間らしく生きること・・・・それらすべてを切り捨てなければ成り立たないとすれば、そのような豊かさは、女たちの豊かさとはあいいれない。

人間としての健康保障は、女性の場合、同時に母性保護を意味する。人間の労働を、効率のモノサシでしかみない経営者側は、男女の雇用平等は、女性にたいする保護規定をなくすことによってしか認められない、と主張し、実現された。母性がうとんじられ、非効率的なものとして尊重されない社会は、一人ひとりの個性や人格、いのちと健康がないがしろにされる社会である。
自己責任? (政治家、行政者がよく使う言葉にまどわされないために)

人間が、差別なく、自由に、のびのびとした活動を展開するためには、社会的共通資本、つまり社会資本や社会保障制度が、個人の日常生活を、下から、しっかりと支えていなければならない。

競争社会の前提として、平等への強い義務感が社会の中になければならない。自己責任の前には社会的責任が果たされてなければならない。ところが今の日本の豊かさは、ひとたび社会的弱者になるや、ただの幻になってしまう。弱者として生活するとしても、ほとんど自分で対処しなければならないというとんでもなく、苦しい事態になる。だから、日本人はいつも不安に駆りてられるし、大きな負担に苦しみながら「万一」に備えて、「今」を切り詰めるしかない。自己責任を口にしなから、社会的責任をないがしろにしてきた政治のツケである・・・・・・モノやカネがあふれているように見える国民でありながら、同時にもっともみすぼらしい国民であることもありうるのだ。
個人的、個別的な問題? (政治家、行政者がよく使う言葉にまどわされないために)
 
 
個人の幸福を主観的なもの、として片付けることは、最も簡単な片付け方であるが、個人の幸福には、他人にも共通し、影響しあう共通部分がある。けっして個別的な問題ではない。
例えば住宅政策

○国民の生活基盤の方はそっちのけにして産業基盤整備を優先し、たえず住民を犠牲にして産業を守ってきた日本の政府の体質は、住宅政策にもはっきりとあらわれている。国民の住宅は、「個人の自己責任」とされ、人間生活の基本であり、それゆえに基本的人権のひとつであるという考えに立った住宅政策を、政府は考えようともしなかった。

の本がわかりやすいのは、非常に具体的だからだ。
ぜひ読んでほしい。
日本は何を間違えたのか、よくわかる。
どう軌道修正すべきか、良くわかる。

最後にいくつか、アトランダムに抜書きしてみる。

@これまでモノとカネは、経済価値をさらにふやすためにのみ使われてきた。モノとカネを福祉のために使う習慣が、日本には根づいていない。
A人間の自由は、孤立からではなく、連帯する生活基盤があって、はじめて可能だ。
B社会保障や社会資本や基準法を整備するとき、それを具体化する人間の充分な数と対応が重要である。それを改善していくためには、政治や行政の哲学と姿勢が大きな影響力をもっている。
C(日本という社会は)板子一枚下は地獄である・・・それに加えて、おちこぼれた人を侮蔑する政治の風潮がある

・・・北欧なみ老人福祉を実現するのに必要な予算は四兆五千億円足らずである・・・・社会保障や住宅問題の貧しさを通して知ることができるのは、日本では人間にとって最も大切な生活の土台が保障されていないことである。
D日本では住宅や教育費も高く、生活の不安にも備えなければならないから、税金が高いと言われるスウェーデンより日本の方が生活水準としては、はるかに貧しくなっている。
Eもともと長い労働時間に残業が加わわり、通勤時間が加わることによって、家庭生活の中の人間関係が失われ精神的に味気ない勤労者の人生の連続になっている、そうした生活から豊かさは生まれない。
F二つの社会原則・・・・一つ、効率性という経済の原則。・・・もう一つの原則、弱者をも抱え込んだ、あるいは、役に立たないという視点をこえた『共存の原則』・・・・そのような共存の社会原則を尊重してきた社会は、効率の経済原則からみれば亡びるように思われるにもかかわらず、歴史的には逆に反映してきた
G(日本では)労働力としてもう役に立たない老人に財政支出をしたくない政府・・・国民の健康を守る立場からではなく、社会保障にたいして、いかに財政支出を節約するか、という立場から考えだされた対策・・・日本の政府の基本姿勢は、国としてカネとモノの量を大きくすることであって、国民一人ひとりの生活を豊かにするということではない。
H「馬の鼻先ににんじん」の哲学は、一方では利益誘導によって何でも片付く、という政治と政策を生み出し、他方では、福祉を充実させると人間は怠け者になる、むしろみせしめに不幸な人間を存在させる方がよい、という反人権、非人間的風潮を支配的にした


I経済の活力と、人間の活力とは、けっして同じことを意味しない。
J個人の心というものは、社会に大きく影響されるから、結局、社会がよくならなければ、本当の心のゆたかな人間は生まれない。そして自由に豊かな考えを持つ人達でなければ、この日本社会に豊かな自然や、豊かな生活や、豊かな心、を取り戻すことはできない。

こういう「いい本」に出会うと、その内容を紹介するのは、難しい。

いつもかんじんの点を省いてしまったような気持になる。

とにかく私たちが、どういう方向を向くのがまともなことなのか、

しっかり教えてくれる本です。



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