対立構造を考えよう
世の中には「ひとり芝居」というものもありますが、「ひとりでは芝居にならない」と考えてください。また、ふたりの人間が登場したとしても、同じ考えで同じ行動をするのであれば、ひとりと同じことになります。
舞台に風を起こすためには、ある意味での対立関係を作り出すことが必要になるのです。感情は、自分と異なる意見や感覚を持っている人物とぶつかり合うことで生まれます。そのぶつかり合いの中から「生き方や考え」が見えてきたり、「人間」そのものの姿が浮かび上がってくるのです。
「対立関係」といっても、プラスとマイナスの関係だけとは限りません。二つのプラスでも、質がちがったりレベルの違いからくる関係というものもあるわけなので、それも含んだ意味で考えてください。
今回の脚本で考えると、「高校二年の男子Aが同級生のTをふだんからいじめていた。そのAが、父親の転勤で転校することになった」という設定です。そのAが引っ越しの準備をしているところへ、手伝いするためということでTが登場する。Aにとっては、なぜTが家にやってきたのかわからない。「しかえしをするために来たのではないか」と感じているA。Tは荷物をまとめる手伝いをしながら奇妙な行動をる。
60分のドラマの中で、しだいに明らかになってくる舞台を観客にみてもらうストーリーを作り出すためには、どうすればいいのでしょうか。このへんで登場人物について考えてみることにします。
人物配置は役割を考えて
この二人だけでも舞台は成立するのですが、二人の存在をより浮き上がらせるため、そしてさらなる味付けをするために、ふたり以外の登場人物も設定することにしました。
二月末のある日、Aの家では母親が別な部屋で引っ越しの準備をしている。この母親が登場しAとの話し合いのなかから、引越しの理由や期日がわかる。また、Aと一緒にTをいじめていたBを登場させることで、Aの戸惑いを表現したり、これまでのいじめの実態や関係を観客に示す。
さらにはひょうきんなキャラクターをもった担任を登場させることで、教師の立場を見せたり転校の理由や内容を示したり、三人の別な姿を見せることができるのではないかということも考えました。
最初、まずこの五人の人物を設定し、必要性が出てきたときに他の人物を考えることにしたのです。今回の内容からすれば、A・BとTの三人で話を進めることができるのですが、そこに
Aの母親や担任を登場させることで、舞台の風を変えたり、観客に対して「説明らしい形をとらない説明」をすることができると考えたのです。
「舞台の風を変える」というのは、三人だけで話を進めると、強弱はあるにしても同じ雰囲気の空気で進むことになります。そこへ別な人物が登場することでホッと一息つきながら深呼吸し、それまでのことを振り返りながらこれからのことを予想する余裕をもってもらうという効果もあるわけです。
この場合、重要なのは「登場する意味」をしっかり作るということです。その人物が登場しても当然と思われるような納得できる理由をもって登場させることです。
このように、登場する人物にはそれぞれの役割を持たせながら、だれがだれに対してどのような感情を持っているのか、「理解、協力、同情、援助、支え」というようなプラスの関係なのか、「反発、悪意、敵対、嫌悪、いやがらせ」のようなマイナスの関係なのかを考えておくことが必要です。
もちろん、そのような一面的な関係だけではないにしても、ある瞬間瞬間の心理を明確にしながら、その底に流れている基本的な関係を確認しておいてください。そのうえで、各々の人物の特徴や性格や立場を決めるといいと思います。
粗筋を考える
人物の設定がだいたい決まったので、粗筋について話し合うことにしました。粗筋といっても、言葉通り「粗い筋」という意味で、場面を決める前の段階のことです。
「脚本創作イーハトーブの会」のみんなで話し合ったことをまとめてみます。
○高校二年の男子AはTをいじめていたが、父親の転勤で転校することになった。
この男子に何かが起こらなければ単なる引越しの話になる。
○いじめられていた高校2年生の男子Tが訪ねてくる。
このふたりの関係を、なんらかの方法で観客に示す必要がある。
(例)いじめの場面を出すなど
TはAに感謝の気持ちを伝えるために来るが、Aはしかえしに来たのではないかと思う。
○同級生Bが登場する。
BはTがいることに驚くが、Aが呼んだと勘違いしている。やがて、Tが自分の意思で来 たことを知る。
○Aの母親の登場
母親はAとBは友人関係であることは知っているが、Tは初めて見る顔。
○先生の登場でなんらかの味付けをする。
○ラストは、AがTの気持ちを理解して終わる。
このような内容を確認した後、話の柱となる「TがAの家に来る理由をはっきりさせよう」ということになりました。
「いじめられていたことを感謝するため」というより、「100発殴られれば、あることがかなうという願かけをしていたが、あと二発足りない状態という方がTの切羽詰った心理を表現できるのではないかということになりました。
そして、なにかのはずみで一発殴られるが、そのまま家に帰されそうになるので、思い切って自分の願いを打ち明け、「あと一発殴ってくれ」と頼む。殴られていた理由がわかると、AはTを殴れない。
Aはいままでのことを謝り、「自分のことを殴れ、そうしたなら自分も殴る」と言う。そしてお互い一発ずつ殴る。
次に「100発殴られれば願いがかなう」という願いはどうするか。
Tの妹が病気で入院している。それをどうにもできないTは、あるときふと「100発殴られれば妹の手術が成功する」と思い込み、それ以来「いじめに合う度に殴られた回数を数えていた」という設定はどうかということになりました。。
ここまでいろいみんなで考えてきたのですが、Tの願いが「納得できるもの」として見つかるまでさがすのです。「それが見つからない場合は、この脚本の案は没にする」と言ったところ、みんなからは「もったいない!」という声があがりました。
しかし、より良い作品にするためには、「舞台の上での必然性」が大切なのです。例え作った話でも、「そんなことはありえない」と観客が感じる舞台は、観客の心を捕らえるどころか、「嘘」を感じさせ、いわゆる「しらける」ことに繋がりかねないのです。
脚本を書く場合、このような下地作りに時間をかけることになり、「構想を考えるのに最低一ヶ月かける」ということも理解してもらえたようです。
ストーリーの展開
さて、いよいよストーリーの展開です。これまで考えてきた人物設定をもとに、各場面の内容と全体の流れを考えました。
〔AとBがTをいじめている場面〕
三人の高校生の関係を観客に知ってもらうために、AとBがTをいじめている場面から始める それが次の引越しの準備をしているAの家にTがやってきたとき、Aが不審に感じると同時に観客も不審に感じることへとつながる。
観客は最初゜いじめ」の劇と感じるかもしれないが、次の場面になれば意外な展開になり、逆に意味をもって見てもらえるかもしれない。
〔A母親とA、の場面〕
早く引越しの準備をするよう説得されるが、なかなか取りかからないA。
〔Tの登場〕
Tが登場することで驚くA。AはTがしかえしに来たと感違いしている。Tは引越しの手伝いを始める。
母親がリンゴとナイフを持ってくる。ナイフを手にしたTを見て、Aはたじろぐ。
自分の思っていることをなかなか言えないT。
〔Bの登場〕
BはTがいることに最初戸惑うが、Aが呼んだと勘違いし、Tを乱暴にあつかう。それをAにたしなめられて、Tが自分から進んで来たことに驚くと同時に戸惑いを見せる。
母親がお菓子などを持って登場してもよい。
〔担任の先生登場〕
母親、お茶などを出す。
三人の関係を知らない担任。転校手続きの書類を渡す。
転校の理由や転校先が観客にはっきりわかる。激励の言葉を残して担任退場。
〔残された三人〕
わざと失敗して殴られことを期待するT。
弾みでBはTを殴る。止めるA。
Bが退場する。
〔AとTの場面〕
AはTに「帰れ」と言う。
帰れないTは、自分の気持ちを言い、「殴ってほしい」と言う。
殴られる回数を数えていたことに驚くA。
〔いじめの場面〕
殴られながら、それを数えている場面の再現。
〔AとTの場面〕
願いを打ち明けTは「あと一発殴ってくれ」と頼む。
殴られていた理由がわかると、AはTを殴れない。
Aはいままでのことを謝り、「自分のことを殴れ、そうしたら自分も殴る」と言う。そして、お互い一発ずつ殴り合う。
Tが退場して幕。
一回目のまとめと次回へむけて
一応の粗筋ができた段階で、ここまでの過程を振り返ってみました。ひとりではなかなか出てこないアイデアや着想も、数人で話し合うことで沢山出てくるものです。
わずか三時間のなかで、ここまでまとまったことに参加者は驚きながらも満足していました。「ここまて゜くれば劇になりそうな予感がする」と言ったところ。「では、次はセリフを書く段階ですか」という声が出たのですが、それは、まだまだ先のことなのです。
登場人物の関係や性格がまだはっきりしていません。相手に対する「呼び方」にも、いろいろな表現があるのですか゜、それも決まっていません。ナイフのような使えそうな話をもっとさがすことによって、内容が膨らむことや場面が増えることもあるわけです。
午前二時間の「脚本分析の勉強」と、午後三時間の「脚本の構想の実技」の内容を終えて、三月末の今回の「脚本創作イーハトーブの会」の第一回講習会はひとまずここで打ち切り、次回へとつなげることにしました。
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